仙台高等裁判所秋田支部 昭和24年(を)150号 判決 1950年4月12日
被告人
岩船正作
外二名
主文
本件控訴は何れも之を棄却する。
当審訴訟費用中弁護人三宅次郞に支給した分は被告人石田豊の負担、弁護人藤盛亮三に支給した分は被告人笠原正之の負担とする。
理由
被告人石田豊の弁護人三宅次郞控訴趣意第一点について。
併し原審第一回公判調書によれば、同被告人は全面的に本件公訴事実を自認したことが認められ斯る事案において檢察官が罪体を形成する事実及び状況に関する事実を詳述すれば既に犯罪の眞相成否につき裁判官をして偏見又は予断を抱かせる余地がないので、斯る段階において檢察官が情状に関する事項を述べ、その取調をも促すことは寧ろ訴訟の促進に資するばかりでなく之が爲に訴訟上被告人を不利益に陷れるの虞ないと解するを相当とすること、かねて数次当裁判所判例の支持する所であり本件記録を通じ原審が爲めに不公平な裁判をしたと疑うべき毫末の跡がない。論旨は独自の見解に基くものでその理由がないから採用し難い。
(弁護人三宅次郞の控訴趣意書第一点)
新訴訟法が檢察官の起訴状一本主義を採用した所以のものは
一、すべて刑事事件に於ては被告人は公平な裁判所の裁判を受ける権利を有する。
二、事件について裁判所に偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項を述べることを禁じて
当該事件について予め裁判所をして偏見又は予断を生ぜしめず白紙を以て臨み虚心担懷苟くも被告人の権利保護に付いて公平を欠くことなからしめんとしたものである。
故に檢察官の爲す冒頭陣述なるものは罪体形成に関する事実そのものを明かにするものであつて此事実の証明に関する証拠即ち犯罪構成に関する直接証拠に限定せらるゝものである。
從て檢察官が罪体を形成する事実に非ざる情状に関する事実即ち前科がある事実を冒頭陳述に於て明かにする陳述は当該被告事件について裁判所に偏見又は予断を生ぜしむる虞れ十二分にありて斯る冒頭陳述は即ち法律違反である。
原審昭和二十四年七月二十六日第一回公判に於て、
裁判長は次に被告人田中、石田、笠原に対する強盜の点につき述べる樣促した。(三四丁裏)
檢察官は
立証しようとする事実は左の通りである。
第一罪体を形成する事実
第二状況に関する事実
第三情状に関する事実
一、被告人笠原、石田は不良性を帶び親達が不断から心配していたこと。
二、同人等は常に遊興に耽つて居り義兄弟の約束をしていたこと。
三、被告人笠原は警察に於て石田と通牒しようとしたこと。
四、被告人笠原には前科があり石田も窃盜事件で有罪の判決を受けたものであること。
裁判長は檢察官に対して右事実の証拠の提出を求めた。
後略
以上の如く檢察官は本被告事件の冒頭陳述に於て罪体の形成に関する事実にあらず單なる情状に関する事実即ち前科の事項を述べて事件に対する裁判の公平を欠く虞れある偏見又は予断を生ぜしめ刑の量定に不当なる裁判を爲すに到らしめ即ち法律違背の違法あり從て原判決は破棄を免がれず。